2007年10月8日月曜日

歴史に学ぶ姿勢の欠けた政治家集団の自民党?

歴史上の事実と向かい合う姿勢に人間の知性と信頼度が反映されると思う。


昨今政治的な問題として世間の注目を集めた3つの事例を取り上げ、その歴史的な事例への対応がどのようであるかを眺め、そして今の政府与党の本質を見てみよう。



そこには、総合的な視点に立った政治家の顔が見えず、急場しのぎ的な対応しか頭が回っていない政治家の顔が見て取れるだろう。このような政府に日本の国を任せていいのか真剣に考えるべき状況と判断する。


まず、第一は海上自衛隊が給油した油の転用疑惑についてである。給油をしてきたという歴史上の事実への政府の見解である。


高村外相と石破防相は、揃って「米国国防総省が日本政府の照会に対し、転用を否定する回答をしている」とマスコミに向かって説明しているようだ。我々は真実を知らない。検証する手立てもない。

しかしよく考えて欲しい。今の状況で、転用が公然となったら政府の立つ瀬がない、しかもテロ特措法の更新をしたいという状況下だ。嘘をついて真実を闇に葬る事だって考えられる。でも、我々は本当のことを知ることが出来ない。ここが問題なのだ。

国の対応に信用が置けないと思っている国民が大勢いると思う。


つまり、給油の問題は、政府が国民の目線にあった対応をしているか、それとも自己都合の辻褄あわせに始終しているかを見る切り口に過ぎず、今、国として取るべきことは、定義の不確かな「転用」をめぐって取り繕うことでなく、海外戦略をこれからどうして行くか、テロの撲滅を本当に考えているなら、どうすべきかを議論することだと思う。少なくとも米国の対テロ戦追随一辺倒では、世界が回らなくなっている歴史上の事実は、9.11以降の流れの中ではっきりしてきている。

今の大臣のお歴々はこの歴史上の事実に対する謙虚さを体現できないレベルであると思うが、皆さんはどう思いますか。


このことを更に裏付ける事例が、第二の事例である沖縄返還交渉をめぐり、密約が交わされたという事実への対応である。当時から密約はありませんでしたと、日本政府は言い続けてきてが、それが最近覆された。当時のキッシンジャー大統領補佐官のメモに「核密約の覚書」として、1972年沖縄返還交渉で、米国の核兵器再持込を認めた「密約」があったということが立証された。これまで色々な角度から密約の存在が言われてきたようだが、当事者キッシンジャー氏によるより具体的な文書が密約の存在を決定的に裏付けたことになる。

しかし、相変わらず日本政府は密約の否定をし続けているとの事である。

立つ瀬を気にして動く政府の心理も分からない分けではないが、一方で歴史に向き合う姿勢が如実に現れている。過去に学んで、政治をするというのが政治の基本動作だと思うが、この基本動作を忘れて単に面子のみで判断をしているということにお気づきではないのだろうか。

この件で見える姿は第一の事例で取ろうとしている姿と同じ底流の上にあるのだ。

そして、第3の事例である、沖縄戦で集団自決強制の記述をめぐる教科書認定問題への対応しかりである。今年6月には当時の伊吹文科大臣は見直しに対し、否定的な声明を出していたが、今度の福田内閣の幹事長という立場では、見直しに対し柔軟な姿勢を示し始めている。このこと自体は喜ばしいことだが、この変化への説明がなされていないと思う。つまり、歴史への対応が真摯でなく、口先だけの風見鶏的対応と思われても仕方が無い。

このように、今の政府与党の政策立案、遂行の姿勢には「信頼」という文字が見えてこない。ここが本質的に問題なのだ。

今後国会の場で色々な議論がされていくと思うが、この点をしっかりと国民である我々は見ていく必要があると思う。

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